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東京地方裁判所 平成6年(ヨ)21246号 決定

主文

一  本件申立をいずれも却下する。

二  申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第一  申立の趣旨

一  債務者の別紙物件目録(一)記載の有線電気通信設備に対する占有を解いて、東京地方裁判所執行官にその保管を命ずる。

二  執行官は、債権者の占有する別紙物件目録(二)記載の電話機に、有線電気通信が適正に行われるようにし、かつ、右有線電気通信の管理をその選任する第三者に行わせることができる。

三  債務者は、右有線電気通信を妨害してはならない。

四  申立費用は債務者の負担とする。

第二  事案の概要

一  当事者

債務者は、日本国有鉄道が昭和六二年に分割民営化された際、東海地方を中心にして、東海道新幹線をはじめとする旅客鉄道輸送等を業とする株式会社として発足したもので、肩書地に本社、名古屋市に東海鉄道事業本部、東京に新幹線鉄道事業本部、静岡市、大阪市に支社、津市、飯田市に支店をそれぞれ置き、現在従業員数約二万二五〇〇人を擁する会社である。

債権者ジェイアール東海労働組合(以下「債権者組合」という。)は、平成三年八月、当時の東海旅客鉄道労働組合に所属していた組合員ら約一二〇〇名によつて結成された労働組合であり、債務者及びその関連企業の従業員らによつて組織されている。

債権者ジェイアール東海労働組合新幹線地方本部(以下「債権者新幹線地本」という。)は、債権者組合の地方本部の一つで、東海道新幹線関連部門に従事する従業員によつて組織されている。

二  組合事務所の使用許可

債権者新幹線地本は、平成四年一〇月三〇日、債務者より、次の内容で本件組合事務所の使用許可を受け、債権者らは、これを債権者組合の中央本部及び債権者新幹線地本の各組合事務所として占有してきた(審尋の全趣旨によれば、右使用許可は、債務者の新幹線鉄道事業本部長が債務者を代表して行つたものであることが認められる。以下の債務者の行為についても同様である。)。なお、右許可は、平成五年四月一日から六箇月毎に更新され、最新の更新は平成六年四月一日(同年九月三〇日までを期間とする)であつた。

用途 債権者組合の中央本部及び債権者新幹線地本の組合事務所

期間 平成四年一一月一日から平成五年三月末日まで

三  JR電話回線の使用

債権者新幹線地本は、本件組合事務所を組合事務所として使用するに当たり、債務者に対し、JR電話回線の使用許可を申し出、債務者はその使用を承認した。JR電話とは、国鉄が管理していた鉄道電話通信網の基幹部分を所有し管理運営する日本テレコム株式会社の通信回線を利用してJR各社及びそれらの関連企業との間をネットしている電話通信網であり、一回線当たり定額の使用料を右会社に支払うだけで全国の関係箇所と通話ができるものである。

その後、平成五年一〇月一日からJR電話回線を使用しているすべての関連会者等から電話通信設備の保守負担金を徴収することとなり、平成六年五月、債権者新幹線地本と「有線電気通信設備の他人使用に関する契約書」(平成五年一〇月一日付け)を取り交わし、保守負担金を徴収してきた。

四  組合事務所の返還請求

債務者は、平成六年五月二四日、債権者新幹線地本に対し、債権者らが本件組合事務所として使用を許可された部屋以外の区画を無断で使用したことを理由に、本件組合事務所の使用許可の解除を通告するとともに、同年六月二三日までに本社組合事務所を原状回復して返還するよう通告した。

五  JR電話回線の使用停止

債務者は、債権者らに対し、本件組合事務所の使用許可を解除したことに伴い、本件JR電話回線使用契約を解除することとし、八月一二日付け「電話使用契約の解除通告」と題する書面により、使用契約書四条一項及び一六条一項に基づいて同契約を九月一二日をもつて解除する旨通告し、平成六年一〇月一日からJR電話の受送信を停止する措置をとつた。

六  以上の事実は当事者間に争いがなく、債権者らは、現在においてもJR電話を使用する権原を有すると主張して申立の趣旨のとおりの仮処分を求めている。右権原についての債権者らの主張は以下のとおりである。

1  本件組合事務所の使用権原に付随する使用権原

本件JR電話は、債務者による本件組合事務所の使用許可に伴つて設置されたものであり、組合事務所の使用権原に付随してその使用権原が認められるものである。そして、以下に述べるとおり、債務者による本件組合事務所の使用許可の解除は無効であり、本件JR電話の使用権原は本件組合事務所の使用許可に伴つて継続しているというべきである。

すなわち、債務者は、債権者らが別区画を無断使用したことを理由に解除を通告しているが、それ自体軽微な違反にすぎず、右解除は、債権者らの労働組合活動の拠点を奪い、その活動を妨害しようとするもので、権利の濫用もしくは不当労働行為というべきものである。

2  有償の使用契約に基づく使用権原

債務者と債権者らとの間には、債務者が管理するJR電話回線について、有償の使用契約が成立しているところ、本件では契約の終了事由は存在せず、契約は有効に継続しており、債権者らには右契約に基づく使用権原が認められる。

すなわち、債務者との間の合意は、債権者らが債務者の管理するJR電話回線を使用すること、債権者らが保守負担金という名目の回線使用料を支払うことを内容とする期限の定めのない契約であるが、債権者らに債務不履行は存在せず、また、債務者においても契約の終了を求める業務上の必要性も存在しない。

3  債務者の主張する回線使用契約に基づく使用権原

仮に債権者らと債務者との間のJR電話回線使用契約が債務者の主張するように平成五年一〇月一日付け「有線電気通信設備の他人使用に関する契約書」に基づくものであるとしても、本件においては契約終了事由は存在せず、債権者らは右契約に基づく使用権原を有する。

すなわち、右契約書四条一項に定める「業務上必要があるとき」に該当する事由があるとしてされた債務者の解除通告は理由がなく、また、右契約書に定める契約期間が平成六年一〇月一日をもつて満了したとしても債務者において返還を請求する実際的理由はなく、解除通告がなかつたなら契約は更新されていたであろうことは明らかであり、本件契約は現在においても有効に存続している。

第三  当裁判所の判断

一  疎明により認められる事実

1  組合事務所の使用許可の経緯

債権者組合は、その結成後債務者と団体交渉を行い、平成三年八月三〇日付けで組合事務所の便宜供与についての規定(二二五条)を含む基本協約を締結した(基本協約は改訂を重ねて何度か締結されているが、右規定は現在においても変更はない。)。

平成四年八月二五日付けで、債権者新幹線地本から債務者に対して組合事務所使用許可願が提出され、債務者は同年一〇月三〇日付け組合事務所使用許可書をもつて、同年一一月一日から平成五年三月三一日までの債権者組合中央本部及び債権者新幹線地本の組合事務所としての使用を許可した。

右許可書には、使用目的、許可期間及び許可の解除等についての定めがあり、許可の解除については、〈1〉甲(債務者を指す。以下同様。)が本件建物を事業の用に供する必要が生じたとき、〈2〉乙(債権者新幹線地本を指す。以下同様。)が本件許可の条項に違反したとき、〈3〉その他乙の不信行為等継続して許可することを困難ならしめる事情が生じたときには、甲は許可期間中であつても直ちに許可の全部又は一部を解除することができる旨定められている(一二条)。

また、この時、本件組合事務所を使用するに当たり、債権者新幹線地本と債務者とは、覚書を締結し、乙(債権者新幹線地本を指す。以下同様。)は、甲(債務者を指す。以下同様。)が使用を許可している建物スペース以外は使用しない、乙は本件建物及びその周辺建物において、甲に無断で改修等を行わない、乙が万一前各項に違反した場合は、甲は本件建物にかかる使用許可を直ちに解除する、との項目を確認した。

その後、使用許可は、六箇月毎に更新され、平成六年四月一日付けで、同日から同年九月三〇日までの期間で組合事務所の使用を許可しているが、その条件は全く同一である。

2  無断使用の事実

平成六年五月一三日、債務者の東京設備所助役らが調査のため赴いたところ、本件組合事務所に通じる通路に、布団袋等や物置が無断で置かれ、右事務所と同じフロアにある別の二部屋の鎖錠が解かれ、債権者組合が無断で使用していることが判明した。

この時、一つの部屋(広さ約一三平方メートル)には、畳が敷いてあり、債権者組合の組合員が一人横になつていた。また、畳の上に机が置かれ、壁にはハンガーが掛けられ、それにネクタイ等が吊されていた。もう一つの部屋(広さ約五四平方メートル)には、入り口付近に電気炊飯機、電気ポット等が、南側にはロッカー、布団袋、段ボール箱等が置かれ、部屋の中央付近には洗濯物が干してあり、灯油の入つたポリタンクが七個が置かれ、テレビ、ビデオも設置されていた。また、部屋の北側には、テーブルがロの字型に並べられ、そのまわりにパイプ椅子が並べられ、更にその奥にはパソコン、書籍、資料、石油ストーブなどが置かれていた。また、壁にはカレンダーが貼られ、窓は厚手のカーテンで塞がれ外部から部屋の状況が窺えないようにしてあつた。そこで、債務者は、右二部屋の使用状況を正確に把握するため、これらに施錠し封印を施した。

五月一七日及び一八日、債務者は、右二部屋の状況を調査し、債権者新幹線地本に対し、無断使用の事実を認める旨の文書を提出するよう求めた。

同月二〇日、債権者新幹線地本は、債務者に対し、同月一九日付けで、右二部屋を使用していたことは認めるものの逆に同月一三日に債務者が原状保存のために封印をしたことを非難する内容の文書を提出した。

3  本件組合事務所の使用許可の解除

債務者は、右のような状況は労使間の信頼関係を一方的にかつ根底から覆すものであると判断し、平成六年五月二四日、債権者新幹線地本に対し、「組合事務所の便宜供与解除通告」と題する文書により本件組合事務所の使用許可を解除する旨通告し、三〇日以内に原状に復して債務者に返還するよう通告した。

その後、債権者らは「中央本部はこのような組合事務所の使用許可の解除は絶対に容認できない」という内容の文書を内容証明郵便で債務者社長宛に送付してきたため、債務者は本件組合事務所の返還の履行が危ういと判断し、六月一五日、再度六月二三日までに原状に復して債務者に返還するよう通告し、同月二二日、口頭で期限までに返還するよう通告した。

同月二四日、債権者らが期限を徒過したにもかかわらず返還しなかつたため、債務者は、改めて返還を通告したが、債権者らはこれに応じなかつた。

その後、債権者らは、債務者を相手方として東京地方裁判所に組合事務所使用妨害禁止等を求める仮処分を申し立てた(平成六年(ヨ)第二一一四七号)が、後にこれを取り下げ、七月一二日頃、改めて債務者を被告として本件組合事務所の使用権の確認を求める本案訴訟を同裁判所に提起し(平成六年(ワ)第一三八四一号)、右訴訟は現在同裁判所に係属中である。

4  本件JR電話回線使用契約の解除

債務者は、右のとおり八月一二日付け「電話使用契約の解除通告」と題する書面により同契約を九月一二日をもつて解除する旨通告したが、更に九月二日、債権者新幹線地本に対し、契約の解除により現実に右電話が使用できなくなる可能性がある旨口頭で通告した。

債務者は、既に債権者らから九月分までの保守負担金を受領しているため、とりあえず九月末日までの使用を黙認することとしたが、一〇月一日以降も使用を認めることになると新たに契約を締結して保守負担金を徴収しなければならなくなるため、一〇月一日をもつて本件JR電話回線の使用を停止することとし、債務者鉄道事業本部から債務者中央電気所信号通信保全係に指示して受送信を停止する措置をとつた。

二  電話回線使用契約の解除の効力について

右の事実関係を前提にすると、本件JR電話回線については、債権者らが本件組合事務所の使用許可を受けた時点では本件組合事務所の使用許可に付随して事実上使用を認められていたにすぎなかつたが、遅くとも平成六年五月に「有線電気通信設備の他人使用に関する契約書」を取り交わした段階で、右契約書により本件組合事務所の使用許可とは別個の契約を締結したものと認めるのが相当である。

そこで、右解除の効力を判断するため、右契約書四条一項に定める「業務上必要があるとき」に該当する事由の存否について検討する。

右契約が、債務者が設置した有線電気通信設備を使用して債権者らが組合業務に必要な通信を行うことを目的とするものであることに鑑みれば、「業務上必要があるとき」とは、債務者において現実に右設備を他の用途に使用する必要がある場合のみならず、有線電気通信設備の設置された場所を使用する権原を喪失した場合のように当該場所において右の契約目的を達成することが不能となつた場合をも含むものと解するのが相当である。

以上を前提に、債務者による本件組合事務所の使用許可の解除の効力について検討するに、右の事実関係によれば、債権者らは使用を許可された区画の面積を遥かに超える面積の区画を使用し、「乙は、甲が使用を許可している建物スペース以外は使用しない」という覚書の条件に違反したことが明らかであり、債務者は、右覚書の「乙が万一前各項に違反した場合は、甲は本件建物にかかる使用許可を直ちに解除する」との条項に基づいて右許可を解除したのであるから、右解除は有効である。そうすると、本件組合事務所の使用許可が有効に解除された以上、有線電気通信設備についても使用を許可する必要がなくなつたのであるから、「業務上必要があるとき」の条件を満たすこととなり、かかる条項に基づいてされた解除もまた有効であると解するのが相当である。

債権者らは、無断使用はごく軽微なものであり、これを理由に使用許可を解除することは債権者らの労働組合活動の拠点を奪うもので、権利の濫用もしくは不当労働行為であると主張するが、右認定の事実によれば、債権者らは使用許可を受けた区画以外の二部屋の施錠を無断で解き、長期間継続して事務所として使用する意思で占有していたと認められ、単に一時的に荷物等を置いたなどというものではないから、無断使用の態様は決して軽微なものとはいえず、また、債務者にその事実を指摘された後も反省するどころか債務者の対応を非難したとというのであつて、労使間の信頼関係を根底から覆すものであることが明らかであるから、右主張は失当であると言わざるを得ない。

債権者らは、無断使用にかかる別区画の二部屋は長期間空部屋だつたのであり、債務者が直ちに利用すべき業務上の必要性のないものであり、また、債権者らが五月一三日に無断使用の事実を債務者に発見された時点で荷物等の撤去を約し、占有についても債務者が封印したことによつて回収されたのであるから、本件解除は権利の濫用もしくは不当労働行為であると主張する。しかしながら、右の諸事情は権利の濫用もしくは不当労働行為の成否を判断する一事情にすぎず、本件のように無断使用の態様が重大である場合には右のような事情があつても権利の濫用もしくは不当労働行為となるものではないと言うべきであるから、債権者らの右主張は失当である。

したがつて、本件JR電話回線使用契約は、八月一二日付け「電話使用契約の解除通告」と題する書面が到達した日から右契約書一六条一項の定める三〇日を経過した日をもつて終了した。

三  結論

以上によれば、本件JR電話回線使用契約は有効に解除され、被保全権利は存在しないことに帰するから、保全の必要性について判断するまでもなく、本件申立は却下を免れない。

(裁判官 蓮井俊治)

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